いわゆる四恩とは2023年02月04日

いわゆる四恩とは「一には父母、二には国王、三には衆生、四には三宝なり。
(教王経開題)
大意
四恩とは、両親への恩、生きとし生ける物への恩、仏法僧への恩である。
解説
この世のあらゆる存在は「縁」により成り立っています。考えてみてください。我々は様々ないのちのつながりの中で生きているのです。つまり、誰しもが自分一人で生きているわけではありません。 我々は人生の中で四つの大きな恩を受け入れていることをご存知ですか?一つ目は自分を産み育ててくれた両親への恩です。この恩は天よりも高く、大地より厚いと言われています。二つ目は我々が住んでいる国土への恩です。我々は大地や草木等の自然がなければ暮らすことが出来ません。三つ目は自分や外の人への恩です。生きとし生ける者は六道を輪廻すると言われています。六道とは(地獄界、餓鬼界、畜生界、修羅界、人間界、天界)です。その知らないうちに各々が親や師となって助け合っているのです。四つ目は我々を苦から救ってくれる「仏法僧」への恩です。仏とは仏さまの事であり、法とは仏さまが説いた教え、そして僧とは僧伽、つまり、仏様の教えを守り伝えていく人々です。
三世の諸仏はこれらの四恩に報いることにとって、菩提を証明しました。我々も四恩に感謝し日々生活をしていきましょう。

初観音2023年01月20日

令和5年1月17日 初観音が行われました。
初観音がおわると、お寺の行事がはじまります。
観音講の会員は、現在20名、元気に今年も過ごしましょう
観音講は、1月・5月・9月の17日に行われます。

ご先祖様を守るのはあなた!ご先祖様は、どこにいる?2023年01月19日

今、ここにあるのは、脈々と受け継がれたご先祖様の血によって生かされています。
家系図があって、5代前までのご先祖様のことがわかるという方は、いらっしゃると思います。父方、母方、祖父母、曾祖父母、ご先祖様といってもおじいさんやおばあさんの顔が浮かぶくらいでしょう。最近、「親は供養するけど、先祖は、しない」といったような事例もあり、驚くばかりですが、そのようなご時世なのかもしれません。
では、ざっと、10代さかのぼると何人いるのでしょう。両親で2人、祖父母で4人曾祖父母で8人、16人,32人,64人ときて、10代前は1024人です。20代前までさかのぼると1,048,576人、この誰一人かけても、あなたは、ここにいないわけです。
それぞれの時代の先祖は、その時代のなかで、必死に生きていました。そして、子を産み、育て、次へとつなげていったわけです。一般的に法事は、50回忌で終わりますが、鎌倉時代に生きていたご先祖様は、800回忌になります。考えるだけでも遠い話です。お寺では、歴代の住職は、百回忌の後も五十年ごと法事を行います。時代時代を一生懸命生きてくれた先祖のおかげで今が、あるのです。先祖が眠る荘嚴寺は、子孫がいる限り続いていきます。そして、いつかは、自分も先祖になります。身近な先祖は父母、祖父母だと思います。普段思い出すことのない先祖のことを思い出すとき、見えないけど、自分のことを守ってくれているそう思えるだけでも幸せです。ご先祖様を思うとき、それは、今の自分を見つめていることです。遠いご先祖様も生きているとき、遠い子孫を思い、子孫繁栄を願ったことでしょう。その想いを現代に生きる私たちも繋げていく。私の姿、形、性格など、遠い先祖様から受け継いで今、ここに生かされているのです。自分も遠い未来、子孫に思われるご先祖様になりたいものです。

宗繁和尚命日2023年01月18日

今日は、宗繁和尚の祥月命日です。昭和54年に亡くなられました。

きょうよう きょういく ちょきん2023年01月18日

2022年日本の平均寿命、女性は、87歳。男性は81歳という統計があり、人生100年時代に突入してきました。2人に1人は、90歳まで4人に1人が95歳まで生きるようになっています(厚生労働省発表)長生きをするといってもいろんな生き方があります。いまだかつてなく、長い老後を幸せな生活をするためにはどんなことをすればよろしいのでしょうか?健康的に生きるために意識したいことが「きょうよう・きょういく・ちょきん」です。「きょういく」と「きょうよう」は、以前にもお話したことがあると思いますが、今回はひとつ追加して。「きょうよう・きょういく・ちょきん」は「教養・教育・貯金」ではありません。確かに「貯金」というお金は、生きる上で必要ですが、健康のための者ではありません「きょうよう」とは「今日、する用事」のことで、「きょういく」とは「今日行くところ」そして「ちょきん」とは「筋力(きんりょく)を貯(た)めること」です。これからの時代は、おひとり様社会です。夫婦で過ごしているときはよろしいですが、どちらかが先に旅立った時、一人で生きていかなければいけなくなってきます。だからこそ「今日する用事」「今日行く所」があれば、外へ出かけるでしょう。毎日、外に出かけるのは、体力的にも無理かもしれません。だからこそ、自立して歩くための筋力が大事になります。「きょうよう・きょういく」の為の「ちょきん」です。休む前に「明日は、何をしようか」と考え、朝になると、その計画で体を動かすことを心掛けることです。家事・買い物・病院・お友達との食事等です。その中にお寺参りをお勧めします。お近くの方は、散歩のついでにお寺に行く。荘嚴寺までは、坂を上がって、階段を上がらないといけないのですが、ちょっと、しんどいなと思われたら、寺の下まででも大丈夫です。本堂を見上げて、お参りください。遠方の方は、バスや市営渡船を使って、お寺参りをするのもよいでしょう。筋力が衰え始めてしまってからでは遅いです。子供さんやお孫さんを連れてお参りされてもいいかもしれません。「おばあちゃん(お母さん)とおまいりに行った」という思い出が、子供さんやお孫さんの中に記憶として残っていくのではないかと思うのです。という私も今年で69歳になります。老境(ろうきょう)の自覚はありませんが、視力も体力、記憶力も低下気味です。老いは確実に進んでいます。少しでも、老いを先延ばしにするには「きょうよう・きょういく・ちょきん」この3つの言葉で毎日の張り合いがある生活を実践していきたいものです。